ソール・ライター
渋谷文化村で開催中のソール・ライターの展示を見に行ってきた。
ソール・ライターはニューヨークの写真家だ。写真家と言っても本人は画家になりたかったらしい。生計を立てるための手段としてファッション写真を撮っていたところ、絵よりも写真の方が有名になってしまったそうだ。
そんなソール・ライターの写真は、画家だけあって絵に近いという印象を受けた。
ソール・ライターの写真はただ事実を捉えているだけではなくて、写真を使って人間の内面も映し出している。とってもよくできた写真なのに撮り方がわざとらしくなく自然だから、見る側も自然に写真の意味を受け取れる気がする。展示の中ではこの自然な撮り方のことを「覗き見的手法」という名前で呼んでいた。事実を描写しながら、同時に覗き見のように人間の内側も描写するところが画家らしくて、ソール・ライターの写真が絵画のようだ言われる所以だと思う。
例えば、私が好きな漫画家で売野機子がいる。ソール・ライターと売野機子は風景の捉え方が似てるんじゃないかと思ったので売野機子のインタビューを引用させて頂く。
このインタビューを読んで、ははあ風景じゃなくて情景かあ…と思ったものだが、ソールライターの写真は風景と情景をいったりきたりしている写真が多いように感じた。あえてピントの合っていないものを主題にしたり、被写体の視線の動きを主題にしたり…叙情的な写真が多いなと感じた。
売野機子は漫画家だから絵を描くし、ソールライターも絵描きだった。情景を描くという絵描き特有の視点が二人には共通しているのかなと思った。
展示では、ソール・ライターの写真の他にソール・ライターが書いた絵も展示されていたが、こちらはさっぱり意味がわからなかった。いろんな色が塗られた紙にしか見えなかった。
色をどんどん重ねて絵を描いていく過程がジャズのようだ、と評されているようだが、全然わからない。こちらの絵にも、もしかしたら写真家独自の視点があるのかもしれない。絵についての詳しい解説をもっと聞きたかった。
同じ作者の作品でも、メディアによってわかったような気になったりならなかったり。どんな形式で作品を作るのかって大事な要素なんだと思った。