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就活は自己との対話をするいい機会だ、という話をよく耳にする。自分の将来についてじっくり考えるチャンスは他にはなく、自分の人生に対する考えを深める絶好の機会らしい。
(なんでわざわざ就活をチャンスにしないと考えを深められないのかとか、突っ込みどころはありますが本筋と関係ないので特に言及しません)
確かに、就活によって考え方が変わってしまった先輩たちはたくさんいる。
みんな余計な欲をちょっとだけ削ぎ落として、一番やりたい事しか考えないようになっていった。変化としては良い変化なんだけど、置いていかれる身としてはなかなか寂しい。
そう思っていたけど、私にも変化するべきタイミングが来てしまった。
カタストロフィという言葉をゼミでよく扱う。それまで送っていた生活を中断せざるを得ないほどの厄災の事で、例えば大地震とか津波とかを指す。カタストロフィの後にもなんとかして生活を送らなければいけなくて、どうにかこうにか環境に適応して生きることになる。
就活に適応した生活は、それまでの暮らしとほとんど変わらないけど、ちょっとだけ違う。就活は生活の一部でしかなく、就活しながらでも学校に行く。友達と遊ぶ時間も、自分の時間も結構ある。でも、確かに就活によって考え方を変えさせられている。
厄災に限らず、私を取り巻く環境はどんどん変わる。生活はあまり変わらないから自分では気づけないけど、いつのまにか遠くへ来てしまっていたりする。それが寂しい時もある。
些細な変化に惑わされるのはとってもナンセンスだけど、それにこだわってしまう時もある。
そういう時に軽いフットワークで元いた場所まで行き来できたらいいのにと思うけど、こういう欲張りな考え方も捨てるべきものなのかもしれない。